
贈りもの昔も今も甘納豆 
関の甘納豆は手作りにこだわり、ひとつひとつ心を込めて丁寧に仕上げております
豆が持つ自然な風味と程よい甘さをご堪能下さい(香料着色料、防腐剤は無添加)
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徳川幕府中興の祖といわれる八代将軍吉宗が染井吉野二百本を植え、江戸庶民のための慰安・娯楽の場として造営したとされる飛鳥山。上野公園から日暮里・田端・王子へとゆったり連なる台地、その北端に飛鳥山があります。あるいは南北に長くのびる東京都北区のほぼ中心部に位置するといってよいかもしれません。
飛鳥山は今もなお四季折々その姿を変えて私たちを楽しませてくれます。
私どもの店はその飛鳥山のふもとで七十年にわたり甘納豆一筋、お客様においしい甘納豆を召し上がっていただくため一生懸命努力してまいりました。皆様よくご存じのとおり甘納豆の原料は豆と砂糖だけです。その他のもの(防腐剤、香料着色料など)は一切使われておりません。
お客様がお尋ねになります。
「おたくの甘納豆はよそのものと味が違 いますがどうして違うのですか?」
「よその甘納豆よりおたくの品のほうがずっと美味しいけれど材料が違うのでしょうか?」
私どもはお答えしています。
「甘納豆は豆と砂糖だけあれば出来上がります。私たちはその豆と砂糖に徹底的にこだわって充分に吟味したものだけを使っています。でもそんなことはあたりまえのことで、誰にでも出来ることですし、どちらのメーカーさんもやっていることでしょう。私たちがいつも考えていることは、お客様が召し上がっていつどんな時でも美味しいと感じていただける品物を作りたい。そういう気持ちを込めて日々甘納豆を作っているからではないでしょうか」 |
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| 全国菓子大博覧会受賞内訳 名誉総裁 高松宮宣仁親王 |
| 受賞作品 |
受賞内容 |
受賞年月日 |
総裁 |
| 第16回審査員 |
審査功労賞 |
昭和40/05/04 |
農林大臣 赤城宗徳 |
| 第17回お多福 |
総栽賞 |
昭和43/06/16 |
農林大臣 西村直己 |
| 第19回栗納糖 |
名誉無鑑査賞 |
昭和52/02/26 |
農林大臣 鈴木善幸 |
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| 平成7年 |
「東京都北区商店コンクール」 大賞(区長賞)受賞 |
| 平成16年 |
「東京都北区の名品30選」 に選ばれました。 |
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| 出版、放送、取材履歴 |
| 昭和51年 |
「お父さん!パソコンどうすりゃ委員会」NHK |
| 昭和53年 |
「散歩の達人」散歩雑誌 |
| 昭和55年 |
「散歩の達人」散歩雑誌 |
| 昭和56年 |
「あら」荒川区のコミュニティ誌 |
| 平成11年 |
「街から(第40号)」街から舎 |
| 平成16年 |
「北区名品ガイド」東京都北区 |
| 平成18年 |
「KISS」東京都北区広報誌 |
| 平成19年 |
「北ケーブルTV」北区のテレビ局 |
| 平成19年 |
「ちい散歩」テレビ朝日 |
| 平成19年 |
「出没!アド街ック天国」テレビ東京 |
| 平成19年 |
「東京どんぶらこ」東京新聞 |
| 平成19年 |
「赤羽・王子」東京生活 |
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| 甘納豆(あまなっとう)は、マメ類やクリ、ハスの実などを砂糖漬けにした和菓子のひとつ。アズキ、ササゲ、エンドウマメ、ソラマメ、インゲンマメ、最近ではウグイスマメなども材料に用いられる。材料を砂糖と共に甘く煮詰め、砂糖をまぶしてから乾燥させて作る。1857年(安政4年)に栄太楼が開発した。当初は浜名納豆(浜納豆)に似せて甘名納糖と名づけられ、名前が簡略化されて甘納豆と呼ばれるようになったのは第二次世界大戦後のことである。納豆とは関連性がないが、一部混同される場合もある。北海道及び青森県の一部では甘納豆は赤飯に入れられる。このため、同地方の赤飯は少し甘くなる。(ウィキペディアより抜粋) |
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東京都北区滝野川2-7-7(駐車場あり)
TEL:03(3910)2693 FAX:03(3910)2633
定休日:土・日・祝(ネットからのご注文は受付)
営業時間:am9:30 〜 pm6:30
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JR「王子駅」より徒歩5分
都電荒川線「飛鳥山駅」
明治通り 飛鳥山バス停前
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